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作者より

マイナー時代の最後を飾るこの作品は、あえて複雑な構成に挑んだことで、一段と腕が上がった思い出深いものです。
まず、織田信雄と北条氏規という一見、どのようなつながりがあるか分からない二人を主役に据え、視点もこの二人だけとしました。
現在、進行している時制は文禄元年から二年まで、現在の時制で二人の動く場所は、朝鮮半島進出の拠点となった肥前名護屋陣だけとしました。
この地での二人の様子を追いながら、それぞれの生涯を回想させた上で、最終章で描かれる韮山城攻防戦で、二人の回想を一致させるという仕掛けです。
主役を二人とし、さらにデュアル・フィードバックという難しい手法に挑んだ作品ですが、こうした構成の複雑さを感じさせないほど面白い作品に仕上がったと自負しています。
この作品を通じて私は、綿密な設計図通りに書き進めることの大切さを知りました。
ただし歴史小説ファンは、単に面白いものを望んでいるだけであり、手法的な冒険を誰も望んでいないということを知った作品でもあります。
「ややこしい」「信雄のことだけ描いてほしい」といった意見があるのも否めない事実です。
しかしこの構成があるからこそ、面白いということを忘れてはいけません。
例えばこれが、信雄の生涯を時系列的に追っただけであったら、どれだけ信雄の悲哀が伝わるでしょうか。
同様に、己の才を殺しても家を後世に伝えていかねばならない氏規の辛さが伝わるでしょうか。
落魄の信雄が様々に過去を回想し、己の愚かさに涙するところに、この小説の面白さがあるのです。
同様に、小田原合戦を回避しようとしたにもかかわらず、それが成らなかった氏規の空しさに、この小説の面白さがあるのです。
大半の読者は、信雄の流転の人生も、氏規の地味な後半生も知っており、その前提で構成を考えねばならないのが歴史小説なのです。

※「虚けの舞」は彩流社刊「虚けの舞 織田信雄と北条氏規」を大幅加筆修正して新たに文庫化した作品です。

書籍データ

・価格: 730円(税込)
・文庫本: 368ページ
・出版社: 講談社
・ISBN-10: 4062775204
・ISBN-13: 978-4062775205
・発売日: 2013/4/12

書評

2006年4月23日 神奈川新聞「かながわの本」欄掲載(彩流社叛書評)
“非情と術策うごめく戦国”(書評題名)
豊臣秀吉による朝鮮出兵の文禄の役に際して、出陣拠点の肥前名護屋で、ともに落魄の二人が出会う。織田信長の次男信雄と小田原北条氏傍系の北条氏規(筆者注 : 氏規は正室腹なので厳密には傍系ではない)をめぐる戦国の非情と術策うごめく歴史小説である。
織田家を継承する信雄は、一時、百万石に遇されたが、優柔さを秀吉に軽んじられ出家。
「常真」を名乗り、流転の果て、名護屋の陣では秀吉ご機嫌とりの「御伽衆」に加わる。
一方、北条三代当主氏康五男の氏規は、秀吉の小田原攻めで伊豆韮山城主として反撃したが、結局、北条勢は降伏開城。秀吉に知略を買われた氏規は豊臣の家臣に加わる。
その韮山城攻防戦では、信雄と氏規は敵対したが、名護屋の陣で対面した二人は、それぞれ、名家に生まれた自負を背に、お互いに一家の血筋を守る心根を語り合う。
主従逆転の信雄、被征服者としての氏規それぞれ、今や天下を思うままに壟断する秀吉に対する葛藤は根深い。

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