あらすじ
「武士の世を創る」
生涯の願いを叶えるため手を携えて進む、源頼朝と政子。
平家討伐、奥州を制圧、朝廷との駆け引き。
肉親の情を断ち切り、すべてを犠牲にして夫婦が作り上げた
武家政権・鎌倉府は、しかしやがて時代の波にさらわれ滅びに向かう。
魔都・鎌倉の空気、海辺の風を背景に
権力者の孤独と夫婦の姿がドラマティックに描き出される。
頼朝晩年に隠された大いなる謎とは?
『吾妻鏡』空白の四年間を解き明かす圧巻のラストは必読!
新聞連載時から大きな反響を呼んだ
感動の長編エンタテインメント。
書籍データ
単行本: 402ページ
出版社: 文藝春秋 (2018/2/22)
言語: 日本語
ISBN-10: 4163907750
ISBN-13: 978-4163907758
発売日: 2018/2/22
作者より
武家政権の樹立という歴史的大事業を成し遂げた源頼朝の足跡をたどりつつ、
女としての幸せを犠牲にしてまで、夫頼朝の作った武家政権を守ろうとする北条政子の生涯を描いた作品が、『修羅の都』です。
鎌倉という閉塞空間に渦巻く憎悪と怨念は、いかにして生まれたのか。
血縁者や御家人たちの死骸の果てに、頼朝と政子は何を見ていたのか。
栄光に彩られた武家の都の裏面に渦巻く濃密な人間ドラマをお楽しみ下さい。
日本は武士による統治が長く続いた国であり、
その力による支配は、われわれ日本人の遺伝子に深く組み込まれています。
そうした武士のメンタリティが悪い面で出てしまったのが明治維新後に行われた対外戦争、とくに第二次世界大戦であり、
よい面として出ているのが、「反個人主義」や「他のために生きる」という考え方です。
私は武士の世の終わりを描いた『武士の碑』を書いている時、西郷隆盛ほど、この二面性が色濃く出た人物はいないと思いました。
西郷は軍人であり、勝つためには手段を選ばない反面、たとえ敵であっても降伏すれば、親子兄弟のように接しました。
とくに西郷は郷党意識が強く、郷里の人々のためには己の命さえ捨てるのを厭いませんでした。
こうした西郷のメンタリティは、武士ないしは武士道というものが強くデフォルメされているのかもしれません。しかし日本人が西郷を好む理由も、そうした二面性にあるのではないでしょうか。
そうした武士の精神性のルーツを求めるべく、武士というものが生まれた時代を描くことにしました。
まず私は『悪左府の女』を書きました。
しかし平清盛の勃興を予感させるこの作品は、貴族の世の終わりを描いたものではあっても、武士の世の始まりを描いたとは言えませんでした。
というのも、清盛は公家社会に溶け込み、その権威と権力をわが物にしようとしただけで、真に武士たちの代弁者とはなり得なかったからです。
結局、清盛の死によって公家社会からも弾き出された平家は、頼朝の弟の義経の追討を受けて滅亡します。
これにより頼朝は武家による政権を樹立し、武士による政治が始まります。
しかしその道も、決して平坦なものではありませんでした。
頼朝率いる鎌倉幕府は、守護地頭の設置に象徴されるように、朝廷や公家たちの権益や権利を徐々に取り上げ、武士たち、すなわち御家人たちの土地所有権を確立していこうとしました。
しかしそのためには、政治的権威として肥大化した朝廷、すなわち後白河院を抑え込まねばなりません。
この作品では、前半で武家政権の存立基盤を危うくする者たち、すなわち義経や奥州藤原氏との戦い、そして後白河院との駆け引きを描きました。
最後は、後白河院の病死によって頼朝の勝利に終わるのですが、それだけで武家政権が安泰になったわけではありません。どうしたわけか頼朝はその晩年、公家社会の巻き返しを許してしまうのです。
本来なら、後白河院不在の朝廷勢力など、強大な武力を誇る鎌倉幕府にとって脅威には成り得ません。しかし鎌倉幕府側の無為無策により、朝廷勢力は復活を遂げ、後半では、逆に鎌倉幕府が崩壊の危機を迎えます。
なぜ鎌倉幕府は無為無策になったのか。その柱石である頼朝の身に何が起こったのか。
その理由を本書では解き明かしていきます。
この部分は『吾妻鏡』の「四年間の欠落部分」に相当し、今でも歴史の謎と言われています。
この作品を書き終わって感じるのは、西郷の精神性のルーツが鎌倉武士にあることです。
しかも鎌倉から僻遠の地にある薩摩の場合、その精神性の高さばかりが伝わり、実際の御家人たちの貪欲さ、狡猾さ、冷酷非情さといった負の部分までは伝わりませんでした。
つまり西郷とは、極めて純度の高い武士だったわけです。
また、この作品は鎌倉幕府草創期の苦労を描いただけでなく、頼朝と政子という夫婦、さらにその子らを含めた家族の物語でもあります。
尼将軍となり、鎌倉幕府の全権を掌握した政子は、果たして幸せだったのか。
その子供たちの誰一人として政子より長生きできなかったという事実を、彼女はどう受け止めていたのか。そうした千々に乱れる彼女の胸の内を描きました。
つまりこの作品は、伊東の得意とする歴史解釈と人間ドラマの両輪がそろったものなのです。
日本人のメンタリティのルーツを知ると同時に、夫婦とは何か、
家族とは何かを問うためにも、ぜひこの作品をお読み下さい。