Amazonで購入

作者より

この本は、二年間二十四回にわたり、雑誌『歴史人』に連載してきたものを、一冊の本にまとめたものです。
連載開始にあたって、よくあるような城の紹介本にはしたくありませんでした。
オリジナリティがある上、テーマが明確なものにしたい。また城に行かずとも、読むだけで楽しめるものにもしたい。
そこで、取り上げる城を籠城戦のあった城に絞りました。
今、巷に出回っている城関連の本を見回すと、美しい天守を頂く、いわゆる「名城」の紹介本ばかりで、その城でどのような戦いがあったか、またはなかったかなどに、あまりこだわっていません。
一方、学術的な専門書の類も、城の縄張りやパーツの話に終始し、歴史的な経緯や戦闘状況という切り口から論じられたものは少ない。
それゆえ私は、籠城戦のあった城の本を書こうと思いました。
それには、もう一つ理由があります。
実は、ある籠城戦が私に作家の道を歩ませたからです。

1960年6月にこの世に生を受けてから2002年5月まで、私は、一度たりとも作家になろうとは思いませんでした。ましてや小説などというものを、それまでの人生で一行たりとも書いたことはありませんでした。
そんな私が作家になったのは、たまたま訪れた中世古城がきっかけでした。
その城の名は山中城。箱根山西麓にある小田原北条氏の城です。
この城で豊臣秀吉率いる六万余の大軍を迎え撃った四千余の北条軍は、大激戦の末、二千もの戦死者を出して敗れ去りました。
小田原合戦の緒戦となったこの戦いの帰趨が、その後の戦況にも大きく影響し、関東に覇を唱えた北条氏は滅亡します。
こうした史実を知っている人は多いですが、その城の遺構や戦いの経緯を知る人は多くありません。
かくゆう私もそうでした。
しかしそれだけでは、城に魅せられることもなかったはずです。
その日、たまたま訪れた山中城で、私は、その城の堀の美しさに衝撃を受けました。それは、土でできた芸術品としか思えませんでした。
それが、北条流築城術の精華である「畝堀」「障子堀」という遺構だと知るのは、後になってからですが、その時は、ただその美しさに圧倒されました。
しかしなぜ北条氏は、こんな堀を必要としたのか。
最初の疑問は、そこから始まりました。
山中城のことをもっと知りたくなり、専門書などを読むようになると、世の中には、様々な城があることを知りました。しかも、それらの多くは現存しているというではないですか。
早速、私はネットのコミュニティに入り、城めぐりのオフ会に参加するようになりました。
並行して小説も書き始めました。
当初は、皆がやっている城めぐりのホームページのように、城の記録を残したいと思っただけですが、書いていると、どうしても小説になってしまうのです。
おそらく若い頃に歴史小説をよく読んでいたので、小説的な言葉が溢れてくるのだと思いました。
その流れに身を任せ、私は、山中城攻防戦を小説として書こうと思いました。
処女作となった『悲雲山中城』(叢文社)は、一カ月ほどで書き上げました。
それから土日になると、城に出かけるか小説を書く日々が続きました。最初は、城を中心とした小説ばかり。
そして2007年、趣味が高じて角川書店からメジャーデビューを果たすことになります。

なぜ人は、中世古城に魅せられるのか。
初めは誰しも、城といえば天守閣と石垣のある江戸期のものを思い浮かべるはずです。
しかし、その漢字が「土から成る」とある通り、城は、土で造られたものが基本です。
石材の豊富な西国に比べ、加工しやすく崩れにくいローム層の多い東国では、石垣技術は発達せず、戦国時代には、多くの土の城が造られました。
中世古城マニアは、それら土の城の遺構を見るために、貴重な休日を使って懸命に山に登り、藪をかき分けます。むろんどの城も、たいていは土塁と堀くらいしか残っていません。しかも未整備なので下草の繁茂が激しく、遺構の形状などが分かりにくい上、どこに行っても同じような遺構ばかりです。
城数寄でない方には、何が楽しいのか分からないに違いないでしょう。
私も最初はそうでした。しかし一つの城の見学が終わると、なぜかまた別の城に行きたくなる。
どうしてそうなるのか。中世古城の魅力とは、どこにあるのか。
私の場合、数百年の歳月を隔てているにもかかわらず、そこに人の意思が感じられる点に魅かれます。
なぜ、ここに堀切(尾根筋を断ち切る堀)や竪堀(垂直に掘られている堀)を入れているのか。また、土塁や馬出(城の出入口を守る小曲輪)を築く必要があったのか。そうした築城者の意図が、遺構を見るだけで伝わってくるのです。つまり遺構を通して、数百年前の人間と対話できるところが魅力なのです。
城というものは、防衛・侵略拠点、監視、交通遮断、補給基地などの戦略目標を達成するために造られます。
続いて、その目標を達成するために縄張りが引かれます。
どこにどのような形状の堀を掘るのか、同様に土塁を築くのか、どのくらいの広さの曲輪を設けるのか、いかなる場所に死地(キル・ゾーン)を設けるのか。また守備兵力は、どれくらい割けるのか。
こうした要素を考慮した末、縄張りは引かれます。
むろん地形や地質から、普請作事にあてられる動員力まで、様々な制約条件があるため、必ずしも思い通りに行きません。しかしそうした制約をクリアしつつ、戦略目標を達成できる城を築こうとする試行錯誤の痕跡が残っているのが、実に面白いのです。

【白河城】東北戊辰戦争の行方を左右した城郭攻防戦
【会津若松城】幕末最大の悲劇の舞台となった白亜の名城
【五稜郭】箱館戦争の舞台となった欧州式稜堡型城郭
【新井城】武士の時代の終わりを告げた海城
【河越城】新旧交代の舞台となった武蔵国の要衝
【箕輪城】孤高の奇才・長野業政の築いた城郭網
【鉢形城】戦国時代の黎明から終焉まで、激戦の舞台となり続けた要害
【八王子城】関東平野を睥睨する巨大山城
【水戸城】血で血を洗う同士討ちの舞台となった名城
【川中島合戦と海津城】信玄の高速道路を支えた一大兵站拠点
【一乗谷朝倉館】現代によみがえる中世城郭都市
【七尾城】北陸有数の巨大山城を攻略した謙信の軍略
【春日山城】謙信が手塩にかけて造り上げた戦国最強の山城
【桶狭間合戦をめぐる城郭群】伊勢湾経済圏支配をめぐる織田・今川両家の熾烈な攻防戦
【懸河城】今川家の駿遠防衛構想の切り札となった要害
【二俣城攻防と三方ヶ原合戦】巨匠武田信玄が最後の筆を揮った会心の一戦
【長篠城】戦国時代の流れを変えた山間の城
【高天神城】栄光と没落の分岐点となった東海一の堅城
【山中城】緒戦の大切さを教えてくれた戦国山城の最終型
【韮山城】四万四千の豊臣軍を翻弄した北条家創業の城
【小谷城】戦国時代を代表する難攻不落の大要害
【有岡城】戦国有数の悲劇の舞台となった怨念の城
【賤ヶ岳合戦と陣城群】天下の帰趨を決めた陣城戦
【大坂城】外交的駆け引きに敗れ去った難攻不落の巨城
【原城】泰平の世を震撼させた宗教戦争
【熊本城】国内最後の城郭攻防戦を耐え抜いた名城中の名城

書籍データ

・価格: 945円(税込)
・単行本: 320ページ
・出版社:講談社
・ISBN: 978-4062882484
・発売日:2014/02/19

Amazonで購入