あらすじ
手柄を挙げろ。どんな手を使っても――。
天文十五年。功を焦り戦場を駆ける掃部介は、血まみれで横たわる旧友・猪助を見つける。かろうじて息のある猪助は息子に恩賞を渡してほしいと、討ち取った首を掃部介に託す。その首は、敵方総大将のものであった――。(「頼まれ首」)首級ひとつで人生が変わる。欲に囚われた武士たちのリアルを描く六つの悲喜劇。
書籍データ
出版社 : 中央公論新社
発売日 : 2022/1/20
言語 : 日本語
文庫 : 224ページ
ISBN-10 : 412207164X
ISBN-13 : 978-4122071643
作者より
この作品は、当時の武士たちにとり、褒賞の証明である「首」をモチーフとした六つの短編から成っています。各編に描かれるのは、欲の頚木から逃れられない人間の悲喜劇です。
現代社会と同様、戦国時代も、欲にからんだ人間模様が毎日のように繰り広げられていました。当時は、現代よりも階級が固定化されているため、派手な活躍を示さない限り、実績が評価されることはなく、出世することは現代社会よりも厳しかったはずです。
となると、手っ取り早く出世するためには、武士として戦場で功名を挙げるほかありません。当時は、首を稼ぐことが営業実績を上げることに等しく、現代の営業マン同様、武士たちは、首を求めて戦場を駆けめぐっていたはずです。
それは死と隣り合わせであり、逆に討たれてしまえば、自らの首が敵の功名につながるという皮肉な世界でした。その点、営業実績が挙げられなくても叱られるだけの現代社会とは、厳しさが違います。
しかし武士のすべてが、勇猛で卑怯を嫌う男たちであったとは限りません。中には、どのような手を使っても功名を挙げたい、褒賞を得たい、出世したいと思う男がいたとしても、不思議でないはずです。
しかも戦場では、何でもありでした。いかに卑怯な手を使っても、首獲り法度に背くことなく敵の首さえ挙げれば、功名を手にできました。逆に考えれば、たとえ法度に背いても、それがばれなければ、功名を認められ、褒賞や出世に与れたのです。
むろんそうしたことをするのは、確信犯ばかりとは限りません。いくつかの偶然が重なり、たまたま深みに足を取られてしまった人間もいたはずです。
そこに悲喜劇が生まれます。それは、現代社会と何ら変わりありません。
毎日のニュースを見れば、詐欺、脱税、贈収賄、虚偽の決算報告など、欲に駆られて心に魔が差し、取り返しのつかないことをしてしまった人間がゴロゴロいるはずです。
またこの短編集には、そうした現代社会との合わせ鏡のような要素だけでなく、短編小説ならではのスピーディーなストーリー展開と、どんでん返しがふんだんに盛り込まれています。難しいことを考えず、それらを理屈抜きに楽しむこともできます。
欲の頚木から逃れられない人間の悲哀と、短編小説本来の醍醐味を、ぜひご堪能下さい。