あらすじ
瀬戸内海の海運の要衝・塩飽諸島の牛島で廻船業者・丸尾五左衛門のもと、
随一の船大工と謳われていた嘉右衛門。
しかし、造った七百五十石積みの大船が大時化で沈没。
弟・市蔵や大勢の船子を失っていた。
寛文十二年(1673)五月、河村屋七兵衛(後の河村瑞賢)からの大船造りの依頼を嘉右衛門は断る。
が、弥八郎はそんな父を詰り、嘉右衛門は弥八郎を義絶する。
弥八郎は大坂へ船造りの修業に出る。
大坂で修業に苦労する弥八郎は、
七兵衛の意を受け大船造りのために佐渡島へ向かう。
そこではさらなる苦難が弥八郎を待っていた。
父と息子の愛憎と絆、職人の誇りと意地を懸けた対立を軸に、
心の奥底から湧き上がる強い感動が読者を揺さぶる傑作長編時代小説。
書籍データ
単行本: 424ページ
出版社: 光文社 (2018/10/18)
ISBN-10: 4334912443
ISBN-13: 978-4334912444
作者より
日本は海に取り囲まれた島国です。
しかも内陸部は山あり谷ありで、
物を運ぶのに適していません。
そのため早いうちから
海運業が発達してきました。
ところが江戸時代前期までの
造船技術には限界があり、
本州を一周することさえたいへんでした。
というのも本州沿岸には三カ所の難所があり、
そこを通過するのが困難だったからです。
その三カ所とは津軽海峡、
熊野灘から遠州灘にかけて、
そして佐渡海峡です。
江戸―大坂間を行き来する船が
多いこともあり、
遭難件数は熊野灘から遠州灘にかけてが
断トツなのですが、
海の荒れ方のひどさは
佐渡海峡が一番でした。
というのも地球の自転の影響で、
潮流は西から東に向かって流れていきます。
ところが日本海には、
佐渡島という巨大な岩塊が立ちはだかり、
そこで潮流は二分されていきます。
さらに佐渡近海の海底の隆起は激しく、
潮流は極めて複雑な動きをします。
江戸時代初期、
佐渡海峡を通れるのは一年のうち四~六カ月ほどで、
残る半年ほどの交通は途絶していました。
それほど当時の造船技術では
海に勝てなかったのです。
しかし、どうしても
海に挑まねばならない事情が発生します。
十七世紀に入ると、
旱魃(かんばつ)や不作によって
飢饉(ききん)が起こり、
江戸への人口流入が始まります。
これは爆発的で、
瞬く間に江戸は
世界一の人口を抱える大都市へと
変わっていきました。
これにより江戸を飢えさせないために、
東北の天領で収穫された米や穀物を
江戸に運び込まねばならなくなったのです。
しかし当時の陸運力には限界があり、
海運に頼らざるを得ません。
とはいっても、
それまでの小型船では積載量も限られている上、
船の数が多くなれば事故による損米率も上がります。
そこで、冬の佐渡海峡でも難なく通過できる
大船を開発しようということになったのです。
ところが千石船を造るとしても、
五百石積み船を、
そのまま大きくすればよいわけではありません。
帆を巨大化すれば取り回しが困難になり、
船尾の舵を大きくすれば、
水深が浅い海には入れません。
さらに大きくなればなるだけ
船腹に横波を受ける面積も大きくなり、
横転しやすくなります。
こうした致命的ともいえる和船の弱みを、
試行錯誤を重ねながら克服していかねば
ならなくなったのです。
主人公の嘉右衛門は老境が近づいた船大工頭で、
弟の海難死によって大船造りに否定的になります。
しかしイノベーションしていかないと、
塩飽の造船業は衰退を余儀なくされるのも事実です。
そこで大船を造ろうという息子の弥八郎と、
それに消極的な嘉右衛門との間で確執が始まります。
そこに一人の男が現れることで、事態は動き出します。
その男とは河村瑞賢です。
瑞賢は塩飽の造船技術を高く買っており、
塩飽で千石船を造らせようとしますが、
事はそう容易には運びません。
人という生き物は、変化を受け入れ難いものです。
とくに年を取るほどに、それまで成功体験に固執し、
新たなことに挑戦することに消極的になります。
しかし環境の変化は待ってくれません。
「そこにとどまっていること」は
衰退や没落を意味するのです。
『男たちの船出』は、
イノベーションの生みだす様々なジレンマを、
塩飽の船大工たちの視点で描いた人間ドラマです。
言うまでもなく、
和船の構造的な問題をいかに克服していくかという
技術的なテーマばかりではなく、
父子の確執、老いの問題、
代替わりの難しさといった数々の
「人間本来の問題」も取り上げていますので、
誰にでも楽しめる作品となっています。