Amazonで購入

第4回山田風太郎賞受賞作品
第1回高校生直木賞受賞作品

作者より

歴史作家というのは元ネタがあるためか、どうしてもストーリーテラーとして見られない傾向があります。
私の場合、本格歴史小説と呼ばれるような作品を輩出しているので、ストーリーテラーと思われないのは、致し方ないことかもしれません。
本格歴史小説は史実をベースとしており、史実というハードルを一つひとつクリアしつつ、いかに面白い物語に仕立てていくかが勝負どころ(差別化ポイント)だからです。
しかし時には、そうしたものから逸脱して、自由に物語を紡ぎ出したいという衝動に駆られます。
私の作品群の中でも、『山河果てるとも』『幻海』『戦国無常 首獲り』といった作品は、大きな歴史の流れの中にあるとはいえ、自由に物語を動かした作品です。
『巨鯨の海』は、それをさらに一歩進め、全く史実の縛りをなくし、完全にストーリーテリングしたものです。
そういう意味で、本作は私の画期となるものであり、新たな方向性を示した作品集と言えるでしょう。
以前から「歴史は現代の写し鏡である」ということを基調低音として、多くの作品を書いてきた私ですが、とくに新世紀に入った頃から始まった組織社会の変容は興味深いものでした。
それについての詳述は避けますが、企業や地域社会といった共同体の中で生きるわれわれには、それがいかに不条理であっても、組織の論理に従わねばならないことがあります。
それを守らねば組織の一員として認められないからです。
組織人として生きているうちは気づかなかったことですが、フリーランスとして組織というものを外部から見つめることで、組織すなわち共同体とは、実に不思議なものだと思うようになりました。
東京電力の原発事故は人災と言われますが、あれは老朽化した組織と、その育んできた企業内文化の成せる業だと、私は思っています。
組織とは、時が経てば経つほど不条理な論理がまかり通るようになり、中にいる人間は、いつしかそれが当たり前だと思うようになるのです。
東京電力のことで具体的に言えば、大変なことが起こっていても、何のかのと理屈をこねてすぐに動かないといった企業体質です。また冷静であることの意味を取り違え、誰もが、必死になって問題の解決にあたろうとしないことです。
そうしたことが、日本人の英知を集めたとも言える東京電力の原子力発電所で起こっていたわけです。
組織の魔はエリートさえものみ込んでしまうのです。
この作品では、古式捕鯨のメッカである和歌山県の太地を舞台に、そこで様々な葛藤を抱えて生きる人々を描いた連作短編集です。
それぞれの短編に通底するのは、「組織と人」というテーマです。
そこでは、現代的価値観からすれば、「あり得ない」ことが、当たり前のように掟や不文律になっています。しかしそれが、閉鎖社会の共同体で培われる組織の論理なのです。
もちろんこの作品では、これまでのような合戦に代わり、古式捕鯨のすさまじさや荒れる海の恐ろしさを余すところなく描いています。
それゆえ「戦国物ではないので、今回はパス」と思っている方にも、十分にお楽しみいただけると思います。
読んだ方の人生に、大きな足跡を残す作品になると自負しています。

書籍データ

価格: 756円(税込)
文庫: 430ページ
出版社: 光文社
言語: 日本語
ISBN-10: 4334769748
ISBN-13: 978-4334769741
発売日: 2015/9/9(文庫版)

Amazonで購入