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作者より

新書『関東戦国史と御館の乱』で予告した上杉三郎景虎の生涯を描いた長編小説を、遂に刊行することができました。
この企画は長らく温めてきたものであり、私にとり、この作品が刊行できたことは、大きな喜びです。
というのも、御館の乱こそ戦国時代の帰趨を決定した重大な合戦であり、その主役である景虎の生涯を描ききることこそ、私の天命であると心に期していたからです。
とくにこの作品では、「史実に従いながら、いかに迫真の人間ドラマを生み出せるか」という高いハードルに挑みました。
むろん「史実」なるものでさえ、その真偽は定かでないのが常ですから、完全に史実に忠実なんてことはできません。しかし、今日に残された一級史料や研究家諸氏の解釈を吟味し、「合理的史実」を組み上げることは可能です。
歴史小説は「史実」が前提となるべきと、私は信じています。それを度外視しても許されるような昨今の歴史小説やドラマが、私には理解できません。それはあたかも「史実を度外視する方が、作家が創造の羽根を伸ばせる分、面白いドラマになる」と言っているようなものです。
これは歴史の中で懸命に生きた人々への冒涜であり、とんでもない間違いです。
歴史を駆け抜けた人々の生き様を徹底的に調べた上で、自らの解釈を施した(デフォルメさせた)ものと、それをせずに勝手に書いたものとの違いは、練達の読者には分かります。それは、ピカソが写真のように正確なデッサン力を持っていたからこそ、あそこまでのデフォルメができたことに通じるものです。
2011年の大河ドラマを見ていると、幼稚園児の描いた絵を見せられているようで、何とも気恥ずかしいというか、こんなものに受信料を払っている自分が情けなくなります。
私はこの作品で、「史実を合理的に解釈すること」イコール「難しいもの」「つまらないもの」という既成概念を突き崩し、「リアリティある歴史を再現することが、実は迫真の人間ドラマになること」を証明してみせます。そして昨今、流行りのNEO系歴史小説や、いい加減な歴史ドラマに引導を渡して見せます。
この作品は、第一期(ないしは初期)伊東潤作品群の掉尾を飾るものとなるはずです。そのつもりで、持てる熱情のすべてを叩き込みました。
この作品が、皆様の魂を熱くさせることを切に願っております。
追記:最近の 大河ドラマでも、『風林火山』と『龍馬伝』は高く評価しております。

書籍データ

・価格:税込798円
・文庫本: 448ページ
・出版社:角川書店
・ISBN:978-4041011324
・発売日:2013/12/25

書評

『北天蒼星』 戦国期 美の終焉を描く(単行本版への書評)
日本経済新聞夕刊2011年5月11日付 文芸評論家 縄田一男

出世作『武田家滅亡』の姉妹篇ともいうべき戦国小説の傑作である。武家とは私怨で事を構えず、親兄弟の仇であろうとも、万民のためにそれが良いと思えば、過去を葬り、敵と手を組むことも辞さぬ存在にならねばならぬ――世に義を敷衍(ふえん)させるために、心ならずも行った殺生の数々を詫びるべく仏門に入れられていた西堂。それが念願叶って還俗(げんぞく)したのが、本書の主人公・三郎景虎であり、彼は前述の理想論を否応なく背負わされることになる。
それがどういう道を彼に歩ませたかといえば、北条家の主となったのも束の間、上杉に養子に出される。作者はその背後に、北条氏の描く版図、武田家を含む〈甲相越三和一統の計〉があったのでは、と説く。
そして、理想よりも弱肉強食の戦国の世で問われる生命の軽重を思うとき、人の生命は奪われるものではなく、受けとめるものであるという考えに至らざるを得ない。
だが世は乱世 柿崎一族の叛乱の際、景虎はいかに事を収めたのか。或いは、彼は息子に何を強いることになったか。
作者は万感の思いで戦国期における“美”の終焉を描いている。堂々の力作である。

評価★★★★★ (5段階評価)

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