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あらすじ

『道灌謀殺』 太田道灌
相模国守護扇谷上杉家の家宰太田道灌は、関東の地に安寧をもたらすため、東奔西走の日々を送っていた。やがて、その功績と人望は主人である扇谷上杉定正を凌ぐほどになっていった。道灌のおかげで扇谷家の領土は拡大したが、それを嫉視する内部勢力もあった。彼らの策動により、二人の関係に溝ができ始めた。そんな折、今川家の家督相続をめぐる争いを収めるべく駿河に出向いた道灌は、謎の僧に出会う。
巨大な自我をもてあまし、それにより身を滅ぼした巨人道灌とは何かを問う作品。

『守護家の馬丁』 上杉定正
幕府の威権も衰えた室町末期、混沌とした関東を統一せんと、上杉定正は東奔西走の活躍をしていた。定正は源平時代の武将に憧れること甚だしく、武芸万般に秀でていたが、特に馬術に関しては名人の域に達していた。その定正の愛馬「龍驤」は稀代の暴れ馬で、定正以外には、乗りこなせる者はいなかった。そんな定正に率いられた扇谷上杉家は、長享の乱において山内上杉家を圧倒し、いよいよその本拠上野国に侵攻することになった。ところが、出陣の直前、肝心の「龍驤」が病に罹った。
室町末期という武士道の端境期(はざかいき)を駆け抜けたドンキホーテ上杉定正を描いた作品。

『修善寺の菩薩』足利茶々丸
義母と弟を殺し堀越公方の座に就いた茶々丸は、周囲から恐れられ、孤立していた。そんな茶々丸が、唯一、心を許す相手は修善寺宿菱屋の傾城(遊女)香月だけだった。半ば政務を放り出し、茶々丸は、連日、菱屋に通った。酒と女に耽溺する茶々丸であったが、そんな折、京で政変が起こり、将軍職には、茶々丸を親の仇と憎む義澄が就いた。義澄は茶々丸征伐の御教書を今川氏親と伊勢宗瑞に下した。窮地に陥った茶々丸であったが、公方府の防御には絶対の自信を持っていた。ところが―。
茶々丸という一人の若者の愛と狂気を描いた作品

『箱根山の守護神』大森氏頼
大磯高麗寺に住む盲目の仏師玄舜が、西相模の実力者大森寄栖庵氏頼に依頼され、岩原城に出向いたのは明応三年(1494)のことであった。氏頼は余命いくばくもないことを覚り、箱根権現近辺に祈願寺を建て、その堂内に神仏混交の理想郷を築こうとしていた。その意を受けた玄舜は、早速、神仏混交像十六体を一心不乱に刻み始めた。しかし―。
自らの信仰に忠実であるがゆえに、悲劇を生んでしまった僧を描いた作品。

『稀なる人』今川氏親
永正元年(1504)、叔父の伊勢宗瑞に誘われ、今川氏親は関東に出陣した。宗瑞の支持する扇谷上杉朝良を支援し、山内上杉顕定と戦うためである。宗瑞は氏親を伴い、顕定の進撃路にあたる多摩川南岸に陣を布いた。ところが、味方の足並みは揃わず、二人は窮地に陥る。
稀なる人「氏親」の視線を通して、軍略家宗瑞の一面を描いた作品。

『かわらけ』三浦義同(道寸)
眼前には、首のない父の死骸が転がっていた。住み慣れた寺も焼き払われた。三浦勢は住吉城退去に伴い、父を殺し、父子の寺に火をかけたのだ。その理由もわからず、茫然と佇む妙謙であったが、追っ手を率いる伊勢宗瑞という男に誘われるままに、伊勢勢の陣僧となる。やがて、三浦勢は三浦半島南端新井城に追い込まれるが、新井城は難攻不落であり、伊勢方の攻撃を粘り強く撥ね返していた。考えあぐねた宗瑞が取った次なる策とは―。
戦国黎明期に、自らの信念を貫いた若き僧を描いた作品。

作者より

この作品に対する思い入れは、たいへん深いものがあります。初めての短編チャレンジでもありましたが、それぞれの話に工夫を凝らしながら、必然性のあるものにしていく作業は楽しくもあり、辛くもあるものでした。最も苦労したのが、短編という枠組みの中で、戦国黎明期の複雑な政治状況をいかに描くかでした。この背景描写をおろそかにすることは容易でしたが(その方が、作品の評価は高まったでしょう)、私は読者にそれを知ってほしかった。それを知らないと、伊勢宗瑞と六人の男たちが、この時代(戦国黎明期)、この場所(関東)でしようとしていたことが理解できないからです。
歴史小説ファンは、ただ「小説は面白ければいい」と思っている方は少ないでしょう。ハリウッドの娯楽映画のように、時間潰しの代わりに小説を読む方は少なく、そこから「何か感じる、何か得る」ことが大切だと思っている方が多いと信じています。そうした方々にとって、ストーリーを楽しみつつも、時代背景という基調低音が鳴り続ける必要があると信じて書きました。
 調査もいい加減な上、歴史に対する愛情も洞察力もない軽佻浮薄な歴史/時代小説が主流を占める現在、その流れに棹差す意味でも、絶対に世に出したかった一作です。
「こころして」お読み下さい。
※この作品は単行本「疾き雲のごとく 早雲と戦国黎明の男たち」を全面的に加筆修正し文庫化したものです。

書籍データ

価格: 552円+税
文庫: 288ページ
出版社: 講談社
ISBN-10: 978-4-06-2772174
ISBN-13: 1920193005523
発売日: 2012/3/15

書評

2008年8月24日神奈川新聞「かながわの本」欄掲載(単行本出版時)
副題に「早雲と戦国黎明の男たち」とあって、県西に縁の深い北条早雲(伊勢新九郎盛時、早雲庵宗瑞と号する)を主人公に、六人の武人を絡めた六編の歴史小説集である。六人は、江戸城主の太田道灌、扇谷上杉家・相模国守護の上杉定正、堀越公方の足利茶々丸、小田原城主の大森氏頼、駿河・遠江国守護の今川氏親、三浦家当主の三浦道寸ら。
初編の「道灌謀殺」では、駿河に遠征した道灌が、禅寺で宗瑞と出会い、意気投合するのだが、道灌は謀殺され、それを伝え聞いた宗瑞が朋友の死を生かすことを心に誓うという物語。
巻末の「かわらけ」では、西の伊勢宗瑞、東三浦道寸と並び立つ相模国の両雄がついに開戦。宗瑞の猛攻に三浦勢はついに開城、道寸は若武者の槍に刺殺されてしまう。各編とも死活攻防の時代相の中、武将たちは死んでゆく。
そんな中、長身痩躯を粗末な僧衣に包んだ早雲が、変幻自在、網の目をくぐるように、才知と謀略の武将として描き出されてゆく。戦国史に精通した著者は、その史実を巧妙精緻な物語へと再構成して、読者を引き込んでゆく。
著者は企業支援を生業としているというが、「戦国関東血風録」はじめ多くの歴史小説を出版。横浜市中区出身。

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