『天地雷動』文庫版カバー

単行本で5刷までいった『天地雷動』が文庫化され、本日、書店様の文庫コーナーに並びます。
長篠合戦をめぐる武田方と織田・徳川連合軍側の虚々実々の駆け引きとド迫力の合戦シーンを、精緻につづった戦国合戦小説の決定版です(自分で言うのも何ですが)。
今回の文庫化にあたり、最新情報を盛り込みつつ全文を改稿しました。
ずばり、読者の皆様を長篠合戦の最前線にお連れします!

もはや、この作品について語ることはありません。
三年前に日経新聞に掲載されたコラムを下に転載します。
ここに私の思いのすべてが込められております。

「果報者の槍」(コラムのタイトル)

子供たちの夏休みが始まり、早速、家族旅行に行ってきた。
行先は子供たちに選ばせたが、中2になる長女の希望で、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンになった。
当日のユニバは大変な混雑で閉口したが、新しくできた「ウィザーディング・ワールド・オブ・ハリー・ポッター」というアトラクションは、実体験かと錯覚するほど、素晴らしいものだった。
しかし3D映画やゲームなどにも共通していることだが、最新技術を駆使して、視覚、聴覚、嗅覚、体感などに訴え、より実体験に近いものを再現しようとする先にあるものが何なのか、疑問に感じた。
びっくり箱はびっくり箱にすぎず、一度目は驚かされても、二度目は驚かされない。それゆえバーチャル・リアリティを駆使した体験型アトラクションは、より過激なもの(実体験に近いもの)を目指すようになる。
その行き着く先は、どこなのか。こうした疑似体験をしないと、人は感動(びっくり)できなくなっていくのか。私なりに、いろいろ考えさせられた。
しかし、こうしたバーチャル・リアリティに唯一、対抗できるものがある。
文字表現だ。
それは、槍一本で最新兵器に挑むようなことなのかもしれない。しかし、人類が生まれた頃から親しんできた文字の力は、最新テクノロジーごときに、簡単に敗れるはずがない。
人は、文字を頭の中で変換してイメージを作る。これこそ文字による表現が、絵画や音楽と大きく異なる点である。
また人は、一つの文字からイメージを膨らませ、独自の映像を脳内で再生させることもできるし、文字として表現されていないことを、文脈から読み取り、自分(読者)だけのイメージを構築することもできる。
こうしたことは、文字を持つ人類だけにできることである。
『巨鯨の海』を書いた時、私は潮の香りや顔に当たる飛沫まで感じられるよう、表現を練り上げた。
どうすれば、読者に登場人物たちと一緒に鯨船に乗ってもらえるか、共に銛を放ち、共に鯨を捕らえることができるか、また共に笑い、共に悲しめるかを徹底して追求した。
『天地雷動』では、読者を長篠の戦場に連れていくことを目指した。戦国時代の戦場では何が見え、何が聞こえ、何が臭い、何を感じるのか、実際に体験してもらおうと思った。
「そんなものは文学ではない」と言われてしまえばそれまでだが、今の時代、それはエンタメ文芸の目指すべき方向の一つだと思っている。
しかもそれは、最新技術を駆使したバーチャル・リアリティに対抗できる唯一の手段でもあるのだ。
むろん”奴ら”も、次々と新たな技を繰り出してくるに違いない。
しかし文字表現が、そう簡単に敗れるとは思わない。
そうしたものとは距離を置き、人間の内面を深く描いていくのも、文芸の向かうべき一つの道だとは思う。 
しかし私は、槍一本でバーチャル・リアリティと戦うつもりだ。
こうした時代に生まれ、数十億円の製作費をかけた体験型アトラクションと戦えることは、作家にとって、この上ない果報である。
『果報者の槍』を、まだまだ錆びつかせるわけにはいかない。(作家)