この作品は、川中島付近に所領を持つ国人の須田満親の視点で、一次から五次までの川中島合戦を描いたものです。
前作『天下人の茶』では、利休とその弟子たちを描きましたが、川中島合戦も利休同様、戦国時代を描く歴史小説家としては、避けて通れない題材です。
しかし新たな歴史解釈や照射角がない限り、描く必然性はありません。そのため以前は、執筆することはないかなと思っていたのですが、歴史研究家の乃至政彦氏と知り合い、そのお話を聞くにつれ、これまで川中島合戦を描いた小説が、必ずしも実像に近いものではなかったと知りました。しかも主戦場(八幡原)以外の”もう一つの戦場(千曲川河畔)”について、詳細に描かれたものはありません。
そこで乃至氏の協力を得て、様々な文献から川中島合戦の実像を探り始めました。
その結果、主戦場の様相は車懸り戦法の実相以外は大きくは変わらないものの、もう一つの戦場については、新たな解釈ができると知ったのです。
もちろん、それだけでは小説になりません。そこで川中島合戦とは何であったのか、という根本に立ち返って考えていきました。
江戸時代から川中島合戦は、武田信玄(厳密には晴信)と上杉謙信(厳密には政虎)という二大戦国大名が正面からぶつかり合った野戦として知られてきました(厳密には海津城をめぐる後詰決戦)。もちろん、そうした一面も間違いではありません。しかしこの合戦を戦術的に主導したのは、「在地国人たちではなかったか」というのが私の仮説です。
信玄に所領を奪われた彼らにとっては、先祖代々、受け継いできた所領の奪還は死活問題です。その一方、信玄の圧力に屈して武田傘下となった国人もいます。すなわち川中島近辺に所領を持つ(地形をよく知る)国人たちが、敵味方に分かれて争ったのも、この合戦の特徴です。また、本家や庶家に分かれて戦った一族もあります。その中には、須田一族のように、信玄の侵攻がなければ、仲のよかった一族もあったはずです。
そうした中、主役に最もふさわしい人物としては、筆頭に村上義清が挙げられます。私も最初は、義清を主役にすることを考えました。しかし調べていくうちに、義清は高齢ということもあり、次第に影が薄くなっていくのです。その反面、須田満親という若手の名が、記録や軍記物に散見されるようになりました。その後の上杉家中での出頭を見ても、誰が鍵を握ったか、誰の貢献度が高かったかなどを考えると、満親以外に該当する人物はいません。そこで満親を主人公に据え、様々なドラマを構築していったわけです。
こうして本作の骨格ができ上がり、人間ドラマとてして、また壮絶な戦国合戦絵巻として完成させることができました。
本作は、久々の直球勝負の戦国小説です。その勢いは、ピンクフロイドの名曲からパクったタイトルからも、十分にうかがえると思います(笑)。とくに自信があるのは、その臨場感です。これまでも長篠合戦、鯨漁の現場、利休の茶室などに読者の皆さんをお連れしましたが、今度は川中島にお連れします。文字の力はバーチャル・リアリティに勝るということを、この作品でも知っていただきたいのです。
最初からトップギヤに入れて、ノンストップでお読み下さい。