最新作『江戸を造った男』の発売日が迫ってきました。
この作品は「週刊朝日」誌上において一年間にわたって連載されたものに、大幅な加筆修正を加えた作品です。
オープニングの明暦の大火のシーンから怒濤の展開が始まり、一気にエンディングまで突っ走ります。
この作品を通じて、仕事をする意味について、読者の方々にお考えいただければ幸いです。
今回は、連載開始時に書いたエッセイをそのまま掲載させていただきます。
------------------------------------------------------------------------------
河村瑞賢という人物をご存じですか。
江戸時代初期、荷車引き(車力)から身を起こして材木商となり、明暦三年(1657)に起こった「明暦の大火」で、木曾の山林を買い占めて財を成し、その後、江戸や大坂の都市インフラ構築事業にかかわり、江戸時代の繁栄の土台を築いた人物です。
「何だ、江戸時代の豪商の一人か」と、お思いかもしれませんが、瑞賢は少し違います。一代で財を築いた豪商の多くが吉原や柳橋で遊興にふけったのとは対照的に、材木商として成功した後の瑞賢は、公益事業に邁進します。
明暦の大火後の江戸再建に手腕を発揮し、多くの人夫を使った新川の開削工事を成功させた瑞賢は、その実績を幕府に買われ、東廻り・西廻りの海運航路を整備し、また淀川の治水工事に携わり、商都大坂の基盤を整えます。
つまり瑞賢は、海運航路の整備、築港、治水工事、新田開発、鉱山開発といった公益事業に携わり、江戸時代の基盤を造り上げていくわけです。しかも、その活躍は全国規模であり、江戸という地域にとどまらず、江戸という時代を造ったと言っても過言ではないでしょう。
言うなれば瑞賢は、都市および地域開発事業のプロジェクト・リーダーとして、今日まで続く日本経済繁栄の基礎を築いた人物なのです。
しかもそれは、彼一個の利益に帰するものではなく、上は幕府や大名から、下は中小商人や農民に至るまで、皆に実益のある事業を行ったところが画期的です。
こんな挿話が伝わっています。
瑞賢は、誰かが知恵を働かせて大儲けすると、自分のことのように喜び、その人を招いて宴を張るのが常でした。ある人がその理由を尋ねると、瑞賢は、「人は儲かれば、その金を使う。ひいては、それが庶民にまで行きわたり、皆が潤う。同じように、幕府や大名家には埋もれた金が眠っている。これを天下に馳駆させれば、天下万民が豊かになる」と答えたといいます。つまり瑞賢は、皆に金を使わせるために、インフラ構築事業に邁進していたというわけです。
むろん、多くの人を使う事業を成功させるには、卓越したリーダーシップが必要です。瑞賢に「世のため人のため」という思いがあったからこそ、どのような困難な事業でも、人はついてきたのでしょう。
自分一個のことではなく、全体のことを考える。いつの時代もリーダーシップの根幹は、そこにあります。